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用語集

大給恒(おぎゅう ゆずる:1839~1910)

大給松平家の第11代目。改名前は松平乗謨(まつだいら のりかた)。家督相続後、三河(いまの愛知県)にあった居所を信濃(いまの長野県)に移し、龍岡城(五稜郭)を築きました。江戸幕府では大番頭、若年寄、陸軍奉行、老中格、陸軍総裁などを歴任し活躍しました。明治に入って名前を大給恒と改め、新政権で活躍。メダル取調御用掛であった際には世界の勲章について研究し、後に「文化勲章以外の勲章は大給によって作られた」とまで言われました。1877年の西南戦争の際に傷病兵を敵味方分け隔てなく救済する必要性を感じ佐野常民と共に博愛社を設立し、副総裁に就任しました。