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所長ごあいさつ

所長ごあいさつ(平成30年9月)

徳島県赤十字血液センター所長

酷暑の夏も終わろうとしています。ホッとする反面、ツクツクボウシの鳴き声に切なさを感じます。

「藪の中つくつくぼふしもの淋し」(前田甲山)

小惑星探査機「はやぶさ2」が約3年半をかけ、6月27日に小惑星「リュウグウ」に到着しました。今後、リュウグウへの着陸やサンプル採取などの難しいミッションが待っています。そして来年11月から12月にリュウグウを離れ、再来年12月に地球へ帰還の予定です。無事に帰ってきてほしいものです。

リュウグウは直径約900メートルの小さな天体です。月や火星といった大きな天体には、その引力を利用して探査機を到着させることができるのですが、リュウグウは小さいため、引力は利用できないそうです。今回の偉業達成は、緻密な計算に基づいた高度な技術によるものだと容易に想像できます。

地球が太陽との万有引力でどのような軌道を描くか(二体問題)は、ニュートン以来の古典力学で正確に解を出すことができるそうです。しかし、ここに月が加わり三体問題になると非常に複雑となり、2世紀もの間誰も解を出すことができませんでした。そして遂に、19世紀末、数学者ポアンカレが三体問題は解くことができないことを証明しました。従って、天体の軌道を正確に予測することは困難で、地球と火星の間を公転しているリュウグウの軌道も正確に予測することができません。現在、天体の軌道予測は近似解を用いてコンピュータシミュレーションで行われており、誤差はほとんど無視できる程度のものです。しかし、時間の経過とともに誤差は大きくなり、時には実際と大きくかけ離れた予測となることがあります。JAXAは、近似解を修正しながらリュウグウのより正確な軌道を予測し、はやぶさ2の運行を行っているのではないでしょうか。

無視できるほどの小さな違いが将来予測に大きな違いを生むことが発見されたのは1963年のことです。気象学者エドワード・ローレンツがコンピュータで気象の予測を行った時、設定する初期値の僅かな差が時間の経過とともに予想できないほどの大きな違いをもたらすことを発見したのです。

これは、事象を記述する式さえ解明できれば未来の予測は可能であるとする古典力学では説明できないものであり、ポアンカレの三体問題に通じるものです。正確な未来予測が不可能であることを示す大発見は「カオス論」といわれ、それまでの世界観を一変させました。すべてにおいて、あらかじめ決まっているのではなく、無限に存在する可能性の中からたった一つが刻々と選択されていることを示しています。この選択は偶然ではなく必然なのですが、無視できるような僅かな違いが選択に影響を与え、時間の経過とともに誤差を大きくし、将来の正確な予測を不可能にします。長期の天気予報が当たらないのが代表例です。ローレンツはこの発見を「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくとテキサスで大竜巻が起こるか?」というタイトルで講演しました。ここから初期値の僅かな差が大きな違いを生むカオス現象は「バタフライ(蝶々)効果」とも言われています。

カオス論はあらゆる分野に影響を与え、自然科学だけでなく、経済学、社会学の諸現象の解析にも応用されています。いろいろな要素が絡み合う生命現象はカオスと考えられます。人間社会もまた、ある意味「カオスの世界」といえます。私たちは、呼吸をし、ご飯を食べ、友人・家族と話し、テレビ・ラジオを見聞きし、新聞や本を読み毎日を過ごします。そして、それらに何らかの影響を受けて次の行動をとっています。さらに、その行動が別の人に影響を与えます。生まれも育ちも違う人と出会い、結婚するのも「カオス」そのものです。カオスは混沌と訳されますが、無秩序な状態ではありません。そこにはある種の繋がりがあるのです。私たちはカオスを意識する・しないに関係なく、カオスの中で生きているのです。

顔の見えない誰かのために行うちょっとした「思いやり」。それによって、誰かの「命」が救われる。献血はまさに「カオス」の真骨頂です。優しい素晴らしい絆を絶やさず、献血の輪を広げていかねばなりません。引き続き皆様のご協力をお願いいたします。

平成30年9月吉日
徳島県赤十字血液センター 所長 浦野 芳夫

参考図書
ローレンツ カオスのエッセンス E.N. Lorenz(杉山勝・杉山智子/訳)
穆如清風(おだやかなることきよかぜのごとし)複雑系と医療の原点 中田力

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