MENU

所長ごあいさつ

所長ごあいさつ(平成30年10月)

shocho.jpg

 6月の大阪北部地震、7月の豪雨、8月の猛暑に続いて9月には台風・北海道胆振東部地震と、自然は荒々しく私たちに襲いかかりました。被害を受けられた方々にお見舞いを申し上げるとともに、自然をやさしいと感じられる日常が一日も早く戻ってくることを願っています。 

「秋の風蛸焼の鰹節が散る」(栢森定男)

 首都圏を中心に風疹患者が急増しています。徳島県でも首都圏へ旅行した30代女性に風疹の発症が確認されたとの報道がありました。風疹は、発熱、発疹、リンパ節腫脹を特徴とする風疹ウイルスによっておこる病気で、「三日はしか」と言われるようにほとんどは数日で軽快します。しかし、妊娠20週頃までの妊婦がこのウイルスに感染すると、出生児が難聴、心臓や目の病気、精神・運動発達の遅れなどを起こす先天性風疹症候群を発症することがあり注意が必要です。風疹はワクチンで予防できますので、風疹に対する免疫をもたない人、特に妊娠可能な女性には予防接種を受けることを強く勧めます。

 予防接種は、一度感染した病原体には二度と感染しない、もしくは感染しても軽症ですむという「二度なし現象」の原理を利用したものです。この「二度なし現象」は古くから知られており、現在は免疫現象と言われているものです。「二度なし現象」の最も古い記載は古代ギリシアの歴史家トゥキディデスが紀元前5世紀に書いた「戦史」の中にあるそうです(参考文献1)。

 古代ギリシア人とフェニキア人は地中海の交易権をめぐって争っており、紀元前409年にフェニキア人の都市カルタゴ(チュニジアの首都チュニス近郊)が古代ギリシアの植民都市の一つであったシラクサ(シチリア島)に攻め込みました。ところがペストが流行しカルタゴ軍は撤退しました。8年後にカルタゴは前回とは異なる新しい屈強な人を集め万全の体制で再びシラクサを攻めました。一方、シラクサは前回の戦争でペストに感染したものの生き残った老兵で臨まざるを得ませんでした。カルタゴ軍必勝のはずでしたが、再びペストが広がり、カルタゴ軍兵士がペストに苦しむ中、シラクサ軍兵士は「二度なし現象」でペストを免れ戦いに勝ったということです。

soldier.jpg

 1796年ジェンナーにより種痘が開発され、天然痘を予防することができるようになりました。そして1980年WHOは天然痘の根絶宣言を出しました。天然痘は罹ると30%が亡くなり、治っても「あばた」を残したり失明したりするため非常に恐れられていました。天然痘に関しても「二度なし現象」が知られており、ジェンナー以前にも種痘は行われていました。日本でも秋月藩医緒方春朔が種痘を行っていました(参考文献2)。効果があったようですが、人の天然痘(人痘)を使用していたため種痘により天然痘を発症し死亡することもありました。ジェンナーは、牛の天然痘(牛痘)に感染した人は人痘に罹らないという乳搾りをする人たちの間での話に興味を持ち、牛痘を接種すれば人痘に罹らないのではないかと考えました。牛痘はもともと牛の病気ですが人に感染することもあります。ただ感染しても軽症で済みます。

 彼はまず、牛痘に罹ったことがある人に人痘種痘を行い、全員が何の反応も起こさない(「二度なし現象」が起こっている)ことを確認しました。次に、ジェンナー家の使用人の子供に牛痘を接種し、2か月後に人痘種痘を行い「二度なし現象」が成立していることを確認しました。ジェンナーは自分の息子を最初に実験台として使ったと言われていましたが、実際はこの成功を確認してから次男(を含めて8人)に接種したようです。(息子に最初に行ったという話は美談として戦前の道徳教育に都合がよかったのだと思われます。)

cow.jpg

 牛痘種痘の結果をまとめた論文は英国王立協会に受け入れてもらえず、ジェンナーは自費出版しました。牛の病気で人の病気を予防するなどということは、当時の常識からはありえなかったのだと思います。1667年、人への輸血が初めて行われた時にもパリ医学会は受け入れませんでした。現在でも、私を含め多くの人にとって常識に合わないことを受け入れるのは大変難しいことです。

 一方で、新しいことに挑戦する専門家は時に暴走することを歴史は教えています。現在、ES細胞やiPS細胞、生殖医療、クローン技術など医療は未知の分野へ足を踏み入れようとしています。私たちはどう対処すればいいのでしょうか。専門家だけの問題にせず、皆が関心を持ち続けることが大切であると考えています。

 iPS細胞から作製した血小板を使った臨床試験が京都大学から厚生労働省に申請され、専門部会で了承されたという報道がなされました。技術の進歩に驚くばかりです。しかしながら、現時点では血小板製剤の量産に結び付く段階まで研究開発が進んでいるわけではなく、血小板成分献血が直ちに不要となることはありません。引き続き皆様の献血へのご協力が必要です。

 いつの日か人工血液が実用化され献血がその役割を終えた時、「すごい時代だったんだね」「みんな優しかったんだね」と未来の人たちが振り返ってくれるかもしれません。その時まで、皆様のご協力をお願いいたします。

平成30年10月吉日

参考文献

1 免疫の昔話 ジェンナー以前の免疫学 熊本大学大学院生命科学研究部免疫学分野

2 天然痘予防に挑んだ秋月藩医緒方春朔 富田英壽

過去のお知らせ

最新のお知らせ

カテゴリ一覧