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所長のつぶや記

所長ごあいさつ(令和2年11月)

浦野所長は呟きたい

 子供の頃、変なことをすると母親から「人に笑われるのでせられん(止めなさい)」とよく言われました。「世間」の目を気にしてのことだと思います。私たちは多かれ少なかれ「世間」を気にして生きています。万葉の時代にも「世間」はあったようです。

第16巻3850番歌、作者不詳

原文:世間之 繁借廬尓 住々而 将至國之 多附不知聞

訓読:世間(よのなか)の 繁(しげ)き刈廬(かりほ)に 住み住みて 至らむ国の たづき知らずも

意味:世の中というわずらわしい仮の宿に住みながら、そうでない国に至ろうと思うけれども、どうしていいかも分からない。

(「万葉集ナビ」より)

 今回の新型コロナウイルス感染症は、はからずも「世間」を浮き彫りにしました。

 この新しい感染症の拡大防止策として、海外では法律に基づいて違反者に罰則が伴う行動制限を行いました。一方、日本では強制力や罰則のない行動の自粛を国民に求めました。患者数が増加し始めた頃、「外国のように強制力のある対策をとるべき」という意見がありましたが、「強制力のある法律がなくとも日本は危機を乗り越えられることを示そう」という意見が新聞、テレビでは多かったように思います。私も「そうだ、その通り」と考えていました。

 幸い日本では、自粛の要請で今のところ感染爆発を免れています。その理由の一つとして、「日本世間学会」の設立メンバーの一人、九州工業大学名誉教授・佐藤直樹先生は、日本には他国にない「世間」があるからだと言います。「世間」は日本人が集団になった時に生まれる力学・秩序で、欧米にある「社会」とは異なるものだそうです。「社会」は個人の集合体で、まずは個人であり、個人を縛るのは「法のルール」のみです。

 私たちは、「世間に迷惑をかけない人間になれ」と言われて育ちました。今回の自粛の要請は「世間のルール」を守れということでした。大多数の人たちはそれを守り、感染者数、死者数とも欧米と比較して少なく抑えられています。しかし一方では、マスクを着用しない外出は非難の対象となり、県外車にキズをつけることがありました。自粛期間中に営業している店に張り紙などもありました。また、感染者やその家族に対して誹謗中傷も起こりました。欧米ではこのようなことは起こっていないようです。

 神戸新聞によれば、慶応大、大阪大、広島修道大などの心理学者が3月下旬に実施したウェブ調査で「感染する人は自業自得だと思う」という人が、欧米の1~2%に対し、日本では11.5%と非常に高い結果がでています。「世間」は同調しないもの、皆と違うものは許せないのです。

 「世間のルール」も時には必要かもしれません。しかし、私たちは、「世間」以前に「個人」があることを理解し、異質なものを認め、多様性のある集団でなければならないと思います。そして、理解し合い、助け合って生きていく世の中であって欲しいと思います。

 献血は、病気で苦しみ、輸血を必要とする人を理解し、助け合う制度です。皆様のご協力をお願いいたします。

令和2年11月

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