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所長コラム

この日ばかりは『目抜き通り』

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『目抜き通り』を辞書で引くと、「市街で最も人通りの多い、中心的な通り」とあります。では岐阜市の目抜き通りは?と考えてみると、「市の中央を南北に貫き岐阜駅に至る広い通り」の点からは『金華橋通り』が挙げられそうですが、「最も人通りの多い」となると、ちょっと違うか?と思われます。しかし、この日ばかりは『金華橋通り』が名実ともに目抜き通りでした。


 11月6日、キムタク信長公の武者行列の日です。

 私はこの日、今年の運を全部使ってしまったのではと思われるような、64倍の倍率の中、当選を勝ち取った家族に随行して、行列コースの中ほどに割り当てられた見学ブースに向かいました。しかし、にわかファンの悲しさ、かなり早めに着いたつもりなのに、行列に面した通りには既に何重もの人の壁ができていました。

 待つこと1時間以上、家でテレビを見ていた家族からキムタク信長公の「皆の者、出陣じゃ!」の掛け声のもと、行列が出発したとの情報が入りました。

 その情報からかなり経った頃、南から行列の先陣を勤める鉄砲隊が登場し、その後に和服の女中衆やマーチングバンドが続き、その後、今回の企画の立役者ともいうべき馬上の武者、伊藤英明さんが登場し、最後にキムタク信長公が登場しました。

 ただし、ここで登場しましたと書きましたが、見たわけではありません。向かいのビルの屋上の人々の双眼鏡が、遠くを見ていたものが段々とこちらに近づき遂には真下に向いた様子とか、南の方で上がっていた嬌声が、近くになり、ついには私の前の人達が上げるに至ったこととか、真後ろのビルの3階の踊り場から響く、「キムタクこっちみて!!」の女性の声とかから、きっと今、馬上のキムタク信長公が、私の前、この厚い人々の壁のその向こうを、扇子を振りながらゆっくりと進み、北に向かっておられる姿をイメージした訳です。

 しかしイメージだけでは寂しいので、人の壁の薄い所を探しました。そしてついに私の眼は、かなり離れた見学ブースから、キムタク信長公が広い交差点を横切り遠ざかっていく横顔を捉えました。しかし、それはすぐに後ろ姿に変わり、私が見ていたものが信長公であったのか、それとも、揺れる馬の尻尾であったのかはもはや定かではありません。

 写真を撮らねばと、後ろから手を伸ばし何枚もシャッターを切りました。1枚は遠くに確かにキムタク信長を捉えましたが残念ながらここにご披露できるような代物ではありません。一生懸命撮った写真には、只々、私の前に伸びた誰かの腕のゴールドの時計ブレスレットが、何枚も何枚も、少しづつ角度を変えながら写っていました。ピントもぴったりでお見せしたいほどです。


 さて、この日曜日、岐阜市の人口を上回る46万人の人が岐阜に来られたとのことですが、残念ながら岐阜駅近くの献血ルームはいつもより少ない献血者を迎えるに留まりました。支援団体の方が街頭で呼びかけを行うべく待機しておられましたが、人の波とそれを整理する警備の中で、とてもプラカードを掲げられる状況ではなかったようです。

 我々のキムタク信長公観覧は、今年の運はまだちょっと(かなり?)残せた、というあたりで終わりました。しかし、あの場にいたことで、この街のどこかにある活気と底力を感じました。現在、『金華橋通り』周辺は、岐阜市の再開発事業で、高層のビルやマンションの建築が進んでいます。


 願わくは毎日が『目抜き通り』となって、皆様を献血ルームに迎えられることを願っています。次月、それに向けた岐阜県赤十字血液センターの新しい企画を報告させていただきます。

        岐阜県赤十字血液センター 所長 髙橋 健