中学2年の時に急性混合性白血病を発症し、骨髄移植を経験された三木さんにお聞きしました。
広報誌「BANK!BANK!_Vol.34」
このページは、広報誌「BANK!BANK!」のVOL.34(PDF:8.4MB)に掲載したインタビューについて、誌面に収まらなかったエピソードを追加して再編集しています。
プロフィール

三木まりあさん
バレエ講師・ダンサー
スタジオで2才から70代の生徒さん約70名にバレエの楽しさを教える。
骨髄バンク ユースアンバサダーも務める。
「明日も踊れる」と信じて疑っていませんでした。

中学2年の時に急性混合性白血病を発症しました。3歳から習い始めたバレエでは1ヶ月後に留学をかけた国際コンクールが控えており、また修学旅行も間近でした。「なぜ自分が」「どうして今なのか」悲しいのか、苦しいのか、腹が立つのかよくわからない感情で毎日のように泣きました。
私にとっては「踊ること」が日常で、身体を使って表現することが自分そのものだと感じていました。日々5、6時間ほどバレエの練習に打ち込むことは大変ではありましたが、毎日が充実しており、当たり前のように「明日も踊れる」と信じて疑っていませんでした。何気ない日常や、バレエが当たり前だった生活が、どれほど幸せだったかを、ベッドの上で毎日考えていました。
治療中いちばん辛かったのは先の見えない不安と、日常を失った喪失感、そして踊れなくなるかもしれないという恐怖が何よりも大きかったと思います。
治療を続ける中で、骨髄移植が唯一の治療選択肢であると、両親が医師から説明を受けました。その後、骨髄バンクでドナーを探していただくことになりました。
それから約3ヶ月でドナーが見つかったと聞いています。
母からは「血を入れ替えるんだよ。あなたの中に神様が入ってきて、その神様がいつも守ってくれるんだよ」と伝えられました。母は常に明るく前向きな人で、いつもポジティブな言葉で私を支えてくれました。
その言葉のとおり、ドナーさんは私にとって本当に神様のような存在で、その神様が私の中で、私を生かしてくれているのだと感じました。
闘病中は「絶対にまたバレエを踊る」「友だちに追いつき、追い越す」その強い気持ちで乗り越えてきました。元気になったら、退院したら、これをやりたい。そのために生きる。乗り越える。そんな思いがきっと闘病されている患者さんの心の支えになると思います。
救っていただいた身として、1人でも多くの命をつなぎたいと思います。

骨髄移植を受けて寛解※に至るまで、そして寛解後も「生きること」「前を向いて進むこと」に必死でした。闘病中にできなかったこと、やらなければならなかったこと、そして本当はもっとやりたかったことを、全力で取り戻さなければならない、そんな思いでいっぱいだったのだと思います。
ドナーさんへの感謝の気持ちは常にありましたが、心の余裕がなく、すぐに社会貢献のような行動はとれませんでした。でも命を救っていただいた身として、骨髄バンクの存在やドナー登録の重要性を伝えたい、という想いから、医療について、そして患者さんとの関わりについて深く学ぶ必要があると感じ、大学では看護学を専攻し、看護師国家資格を取得しました。
現在私は自身のスタジオでバレエ講師として、小さなお子さんからシニアの方まで、多くの生徒さんにバレエの楽しさ、踊ることの幸せを伝えています。また骨髄バンクユースアンバサダーとしてイベントや講演会に参加し、同じ病気で苦しむ患者さんや似た境遇の方たちの支えになりたいと活動しています。
これからも骨髄バンクの活動やドナー登録の大切さを伝えることで、私が救っていただいたように、一人でも多くの命をつなぎたいと願っています。これが私にできる恩返しだと思います。
※寛解(かんかい):血液や骨髄の検査をして、がん細胞が確認できないほど減少した状態のこと。血液の数値も正常に近づき、病気による症状が落ち着いた状態を指します。
骨髄バンクのドナー登録を検討中の方へ

ドナーさんの勇気ある選択が、きっと誰かの「明日」につながります。 ほんの一歩の行動が、命を救う大きな希望になります。 迷われている方がいらっしゃいましたら、ぜひその一歩を踏み出していただきたいです。
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