
2026年1月、風邪をひき近くの内科を受診。血液検査結果が異常で「紹介状を書いたから週明けに大学病院へ行ってください」と言われ、検査のため初診で大学病院へ向かいました。
「何か珍しい菌にでも感染してしまったのかな?」と思っていたら、検査をする前に診察室に呼ばれ、まさかの『急性骨髄性白血病』の診断が。そしてそのまま緊急入院となりました。
何が何だかわからぬまま始まった闘病生活。
34歳、やりたいことも沢山あったのに私の日常は突然奪われました。
強い抗がん剤の副作用で私の骨髄(血液の工場)はストップしてしまうため、闘病中は数え切れないほどの輸血を受けました。自分で作れるようになるまでは人からいただくしかなかったのです。
輸血の度にパックに貼ってある献血場所と日付けを確認して「◯月◯日に××で献血してくれたA型の方、命を繋いでくれてありがとう!」と、毎回感謝していたのを覚えています。
雪が降って物流がストップしかけていた日もありました。普段ならアレルギー反応が出た場合を踏まえて、輸血は早めの時間に行っていましたが、その日輸血が始まったのはなんと23時。寝ぼけ眼で点滴を繋いでもらい、看護師さんに「今日の輸血はどこからきてますか?」と尋ねると「...!新潟からですね!」と驚いた声が。私がRHマイナスなのもあったのか、遠く離れた場所から、私の住む東京へ、こんなに天気の悪い日なのに血液が届いたことに感謝が止まりませんでした。
献血をしてくださる方、それを運んでくださる方と管理してくださる方、そして輸血を繋いでくれる看護師の方々。一つでも欠けていたら今の私はいないんだと思うと、私の想像以上に沢山の方が私の人生に関わってくれているんだなと改めて感じました。
病気になり、いただいてばかりの人生になってしまいました。だからこそ献血をしてくださる方々に少しでも感謝の気持ちが伝わればと思い今回こちらに投稿させていただきました。
私の人生の続きを、日常を取り戻させてくれてありがとう!
私は先日すべての治療を終え寛解の判定をいただき退院しましたが、今も病棟には治療を頑張る仲間が沢山います。気温も風もわからない無菌病棟の中で、不安と闘いながら日々を過ごしています。
そんな仲間が少しでも安心して治療を受けられるよう、引き続きお力添えいただけますと幸いです。
2026年7月 田んぼさん

