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ありがとうの声

みなさまからご協力頂いた血液は、病気や怪我の治療のための輸血用血液製剤として、患者さんのもとへお届けしております。輸血を受けた患者さんから、献血者の皆様へ全国から感謝のメッセージ「ありがとうの声」が届いています。

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全国のありがとうの声トピックス

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全国の献血に協力した人の声トピックス

献血にご協力いただいた方々、献血活動をサポートいただいている方々から、献血に対する思いが届いています。

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北海道ブロック血液センターのありがとうの声トピックス

命をありがとう!

匿名希望さん

匿名希望 さん

【血液が命綱】

私が急性骨髄性白血病の診断を受けたのは2019年の夏の終わりの頃のこと、当時57歳でした。
その3年前に受けた子宮体がんの術後の経過観察中に「極度の貧血です」と言われ急遽血液内科を受診したのです。その日私は生まれて初めて輸血を受けました。

輸血していただきながら、少し体を動かすとすぐに息切れしていたのは、ひどい貧血のせいだったのかと妙に納得したことを憶えています。
その後の抗がん剤・骨髄移植など1年以上に及ぶ治療の中で何度も輸血していただきました。
血液が命綱でした。多くの皆さんの献血が私を救ってくれたのです。
今年で骨髄移植から5年、おかげ様で旅行やサイクリングも楽しめるようになりました。
献血をしてくださった皆さん、「命をありがとう!」
心からの感謝をこめてお伝えしたいです。
これからも一人でも多くの命が救われることを願ってやみません。

様々な立場から献血に携わって

寺山綾音さん

埼玉県学生献血推進連盟
寺山 綾音 さん

【献血者として】

中学3年生の時、動画アプリのおすすめにでてきた1本の動画。それは献血の流れを紹介している動画でした。当時15歳だった私はまだ献血に協力できる年齢ではありませんでしたが、「自分もやってみたい」「誰かのためになれるなんて素敵」と感じたことを今でも鮮明に覚えています。

その出会いから約半年後、16歳になった私は高校の最寄り駅に来ていた献血バスで友達と一緒に初めて200mL献血に挑戦しました。少し緊張しながらも、あの時のワクワク感やドキドキ感は今も忘れていません。

それ以来、献血は私の趣味のひとつになりました。誰かの力になれる、そして自分の健康管理にもつながることから、今も定期的に献血に通っています。

【広報の立場として】

現在、私は埼玉県学生献血推進連盟というボランティア団体に所属し、若年層に献血を知ってもらう機会を作ったり、献血をするという一歩を踏み出すお手伝いをしています。また、自己紹介で献血が趣味であることを言ったり、献血に行った記録をSNSで発信したりと、身近なところから献血を知ってもらうきっかけづくりにも取り組んでいます。

こうした活動を続ける中で、献血に興味を持って質問をしてくれる友人が増えたり、「一緒に献血に行ってみたい」と声をかけてくれる友人も現れたりしました。自分の行動が誰かの背中を押すきっかけになっていると実感でき、私自身、とても嬉しく、活動の意味を強く感じています。

【医療に携わるものとして】

献血者として、そして広報の立場として献血に携わっている私ですが、普段は大学で看護の勉強に励んでいます。献血に携わるまでは「助産師になりたい」という一心で進んできましたが、献血という経験を通して、私の中にもう一つの大きな目標が生まれました。それは、「助産師としてだけでなく、献血者と輸血を必要とする人をつなぐことのできる医療者になりたい」という思いです。献血は私の視野を広げ、医療の世界の奥深さと人と人が支え合う力を教えてくれました。

私の視野を広げてくれた献血。だからこそ、私は自分が健康である限り献血を続け、「女性として最多回数を目指す」という大きな目標を掲げています。それは記録のためではなく、「自分にできる最大限を誰かのために」という気持ちの表れです。

  • ありがとうの手紙 From 献血で救われたいのち
  • TSS献血キャンペーン「ありがとう!っていっぱい言わせて」